使途不明金

使途不明金とは、相続開始の前後に払い戻された被相続人の預貯金の使途が不明であることをいいます。

被相続人が死亡した後、被相続人の預貯金が払い戻されていることが判明し、預貯金がほとんどなくなっていることがあります。

払い戻された預貯金が、被相続人の医療費や介護費用など、被相続人のために使用されていれば問題はありませんが、相続人が被相続人から贈与を受けていたり、勝手に預貯金を払い戻して取得していることが疑われ、問題となることがあります。

そこで、被相続人の預貯金の取引履歴(出入金の履歴についての情報)を調査する方法、預貯金が相続人に払い戻されていた場合の対応などについて説明します。

使途不明金の問題では、被相続人と相続人との関係や被相続人の介護の負担などに対する不満も重なり、感情的な対立が強くなることも多くあります。

預貯金の取引履歴の調査

預貯金の通帳があれば、預貯金の取引履歴(出入金の履歴についての情報)から、いつ、いくらの払戻しがあったかを確認できます。

もっとも、他の相続人が預貯金の通帳を管理し、その中身を見せてくれないような場合もあります。

そのような場合も、相続人は、単独で、銀行に対して取引履歴の開示を請求することができます(最高裁平成21年1月22日)。

そのため、相続人は、銀行から預貯金の取引履歴を取得できます。

取引履歴を取得できる期間は、概ね10年前までです。

取得する期間が長くなると数万円の手数料がかかることもあります。

生前に払い戻された預貯金

遺産分割との関係

遺産分割の対象となるのは、死亡時に存在し、遺産分割の時にも存在している被相続人の財産のみです。

被相続人の生前に払い戻された預貯金は、被相続人の死亡時に存在しないことから、遺産分割の対象にはなりません。

もっとも、払い戻された預貯金を遺産分割の対象とすることについて、(預貯金を払い戻した相続人を含め)相続人全員の合意があれば、遺産分割(協議・調停・審判)で扱うこともできます。

相続人が取得した場合

相続人が被相続人に無断で被相続人の預貯金を払戻しをして取得した場合、被相続人は、その相続人に対して、不当利得返還請求(民法703条)・不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)ができたことになります。

そして、被相続人の死亡により、相続人は、法定相続分に応じて被相続人の不当利得返還請求権・損害賠償請求権を相続し(民法427条・899条)、払い戻しをした相続人に対して請求できます。

不当利得返還請求・損害賠償請求は、遺産分割とは別の紛争であるため、話し合いで合意できない場合、民事裁判の手続きにおいて解決することになります。

相続人が贈与を受けた場合

払い戻された預貯金が相続人に贈与されていた場合、特別受益(民法903条1項)として考慮されたり、遺留分侵害額請求(民法1043条1項・1046条)の対象となる可能性があります。

既に特別受益がないという前提で遺産分割が終了した場合、不当利得返還・不法行為に基づく損害賠償請求をされた相続人が贈与を受けたという主張をすることは、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反して認められないこともあると考えられます。

被相続人のために使われた場合

払い戻された預貯金が被相続人の生活費・医療費など被相続人のために使われた場合、遺産分割の対象とはならず、不当利得返還請求・損害賠償請求も問題とはなりません。

死亡後に払い戻された預貯金

遺産分割との関係

遺産分割の対象となるのは、死亡時に存在し、遺産分割の時にも存在している被相続人の財産のみです。

被相続人の死亡後に払い戻された預貯金は、遺産分割の時に存在しないことから、遺産分割の対象にはなりません。

もっとも、預貯金を払い戻した相続人が取得したことを認めた場合、その相続人以外の相続人全員の同意があれば、遺産分割の対象になり(民法906条の2第2項)、遺産分割において取り扱うことができます。

相続人が取得した場合

被相続人の預貯金は相続人が他の相続人に無断で払戻して取得した場合、他の相続人の法定相続分に応じた預貯金の準共有持分(民法899条・898条・264条)を侵害します。

したがって、他の相続人は、払戻しを行った相続人に対して不当利得返還請求(民法703条)・不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)ができます。

不当利得返還請求・損害賠償請求は、遺産分割とは別の紛争であるため、話し合いで合意できない場合、民事裁判の手続きにおいて解決することになります。

葬儀費用に使われた場合

葬儀費用は喪主が負担すると考えると、喪主である相続人が預貯金の払戻して葬儀費用に使った場合、他の相続人は、原則として不当利得返還請求(民法703条)・不法行為に基づく損害賠償請(民法709条)できることになります(名古屋高裁平成24年5月18日・名古屋地裁平成25年12月12日参照)。

もっとも、以下の場合には不当利得返還・損害賠償請求できないと考えられます。

  • 相続人全員の合意があった
  • 被相続人が生前に葬儀に関する契約を締結していた
  • 被相続人が葬儀費用に充てることを委任していた

払い戻しに関与した相続人の主張

使途不明金が問題となる場合、払い戻しに関与したと思われる相続人の主な主張は以下のとおりです。

それぞれ、主に検討すべき事項を説明します。

預貯金を払い戻したのは被相続人との主張

預貯金を払い戻しをしたのが被相続人の場合、被相続人自身の行為である以上、他の相続人は、不当利得返還請求・不法行為に基づく損害賠償請はできないことになります。

払い戻しに関与したと思われる相続人が、払い戻しをしたのは被相続人だと主張した場合、以下の点を主に検討し、被相続人による払い戻しだったのかどうかを判断します。

  • 払戻請求書の筆跡・ATMの場所
  • 被相続人の健康状態
  • 通帳・印鑑の管理状況
  • 同居・日常的な介護を行っていた相続人
  • 払い戻された預貯金の移動状況

払い戻した預貯金を被相続人に渡したとの主張

相続人が預貯金の払戻しをしたとしても、被相続人に渡した場合、被相続人には損失・損害がなく、不当利得返還請求・不法行為に基づく損害賠償請求はできないことになります。

払い戻しをした相続人が、被相続人からの依頼で預貯金を払い戻して被相続人に渡したと主張した場合、以下の点を主に検討し、相続人が被相続人に払い戻した預貯金を渡したのかを判断します。

  • 払戻しを依頼された経緯
  • 預貯金の使いみちを確認したか
  • 預貯金の額が被相続人の生活状況に見合ったものか

払い戻した預貯金を被相続人のために使ったとの主張

相続人が預貯金の払戻しをしたとしても、被相続人のために使った場合、被相続人には損失・損害がなく、不当利得返還請求・不法行為に基づく損害賠償請求はできないことになります。

払い戻した相続人が、被相続人からの依頼で預貯金を払い戻して被相続人のために使ったと主張する場合、被相続人から包括的に財産管理を任されていたか(個別的に払い戻しについて委託されていたか)が問題となります。

具体的には、以下の点を主に検討し、被相続人のために預貯金を使ったのかを判断します。

  • 被相続人の意思能力
  • 通帳などの管理状況
  • 払戻時の被相続人の心身の状態
  • 預貯金の使いみち

被相続人から贈与されたとの主張

被相続人が払い戻された預貯金を相続人に贈与した場合、被相続人には損失・損害がなく、不当利得返還請求・不法行為に基づく損害賠償請求はできないことになります。

払い戻した相続人が、被相続人から贈与されたと主張する場合、以下の点を主に検討し、被相続人から贈与があったのかを判断します。

  • 被相続人の意思能力
  • 贈与を受けた経緯

刑事事件

相続人が、被相続人の預貯金を取得した場合、民事上の不当利得や不法行為のほか、刑事上の横領罪(刑法252条)なども問題になります。

しかし、刑法では、横領罪などに関して親族間の犯罪に関する特例があり(刑法255条・244条)、被害者が配偶者・直系血族・同居の親族の場合は刑が免除され(刑法244条1項)、被害者がそれ以外の親族の場合は告訴がなければ公訴を提起できません(刑法244条2項)。

そのため、警察も捜査に消極的であることが多く、事件として立件することは困難です。