認知症患者の家族の責任

精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わないとされています(民法713条本文)。

したがって、認知症患者が他人に損害を加えた場合、責任無能力者として損害賠償責任を負わない可能性があります。

もっとも、責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとされています(民法714条1項本文)。

そのため、認知症患者を監督する法定の義務を負う者は、損害賠償責任を負う可能性があります。

そこで、認知症患者の家族が「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」(法定の監督義務者)に該当し、損害賠償責任を負うかどうかどうかが問題となります。

法定の監督義務者

「法定」の義務は、民法等の法律によって定められ、親権者や未成年後見人等は法定の監督義務者に該当します。

これに対し、保護者(改正前の精神保健福祉法22条1項)や成年後見人(民法858条)であることだけでは、直ちに法定の監督義務者には該当しないと考えられます。

また、夫婦には同居、協力及び扶助の義務があるものの(民法752条)、認知症患者と同居する配偶者であるからといって、直ちに法定の監督義務者には該当しないと考えられます。

旅客鉄道事業を営むXが、認知症にり患した当時91歳のAが駅構内の線路に立ち入りXの運行する列車に衝突して死亡した事故により、列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して、Aの妻Y1及び長男Y2に対し、民法709条又は714条に基づき、損害賠償金の連帯支払を求めた事案において、Aの妻Y1及び長男Y2は、法定の監督義務者に該当しないとした裁判例があります(最高裁平成28年3月1日)。

法定の監督義務者に準ずべき者

法定の監督義務者に該当しないとしても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の監督義務者に準ずべき者として、714条1項が類推適用されます(前掲最高裁平成28年3月1日)。

そして、法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、以下のような事情を総合考慮して、精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきとされています(前掲最高裁平成28年3月1日)。

  • その者自身の生活状況や心身の状況など
  • 精神障害者との親族関係の有無・濃淡
  • 同居の有無その他の日常的な接触の程度
  • 精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情
  • 精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
  • これらに対応して行われている監護や介護の実態など

前述した、旅客鉄道事業を営むXが、認知症にり患した当時91歳のAが駅構内の線路に立ち入りXの運行する列車に衝突して死亡した事故により、列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して、Aの妻Y1及び長男Y2に対し、民法709条又は714条に基づき、損害賠償金の連帯支払を求めた事案において、裁判所は以下のように判断しました。

  1. Aの妻Y1が、長年Aと同居しており長男Y2らの了解を得てAの介護に当たっていたものの、当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、Aの介護につきY2の妻Bの補助を受けていたなどの事情の下では、Y1は、法定の監督義務者に準ずべき者に該当しない。
  2. Y2がAの介護に関する話合いに加わり、BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながらY1によるAの介護を補助していたものの、Y2自身は、当時20年以上もAと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないなどの事情の下では、Y2は、法定の監督義務者に準ずべき者に該当しない。

<最高裁平成28年3月1日>

⑴ア 民法714条1項の規定は、責任無能力者が他人に損害を加えた場合にはその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ、このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては、…改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や、…改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。しかし、保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は、…廃止された(なお、保護者制度そのものが…廃止された。)。また、後見人の禁治産者に対する療養看護義務は、…改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると、…保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。
イ 民法752条は、夫婦の同居、協力及び扶助の義務について規定しているが、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても、そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
ウ 第1審被告Y1はAの妻であるが(本件事故当時Aの保護者でもあった…。)、以上説示したところによれば、第1審被告Y1がAを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
また、第1審被告Y2はAの長男であるが、Aを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。

⑵ア もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである…。その上で、ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。
イ これを本件についてみると、Aは、平成12年頃に認知症のり患をうかがわせる症状を示し、平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断され、平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し、平成19年2月には要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けた者である(なお、本件事故に至るまでにAが1人で外出して数時間行方不明になったことがあるが、それは平成17年及び同18年に各1回の合計2回だけであった。)。第1審被告Y1は、長年Aと同居していた妻であり、第1審被告Y2、B及びCの了解を得てAの介護に当たっていたものの、本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、Aの介護もBの補助を受けて行っていたというのである。そうすると、第1審被告Y1は、Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって、第1審被告Y1は、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
ウ また、第1審被告Y2は、Aの長男であり、Aの介護に関する話合いに加わり、妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながら第1審被告Y1によるAの介護を補助していたものの、第1審被告Y2自身は、横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので、本件事故まで20年以上もAと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると、第1審被告Y2は、Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって、第1審被告Y2も、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。