死後事務委任契約

死後事務委任契約とは、委任者が受任者に対して自己の死後の事務を生前に依頼する契約です。

死後の事務を依頼する方法としては遺言がありますが、遺言では対応できる事務は限定されることから、死後事務委任契約の意味があります。

死後事務委任契約が必要となる理由

遺言により法的な拘束力があるのは、以下のような事項に限定されます。

  • 相続人に関すること(誰かを相続人にしないなど)
  • 財産を相続する割合(法定相続分を変更するなど)
  • 遺産分割の方法(土地・建物を妻に、預金を子供に相続させるなど)
  • 遺言執行者(遺言の内容を実現する手続きをする者)の指定
  • 祭祀承継者の指定
  • 認知

そのため、葬儀、役所での手続き、病院代の精算、公共サービスの解約などについては、遺言では対応できません。

通常、これらの事務手続きは相続人が行うことになりますが、被相続人に身寄りがない場合や家族に負担をかけたくないと考えている場合、遺言以外の対応が必要になります。

そこで、死後事務委任契約を締結しておくことにより、遺言だけでは対応できない様々な事務に対応することができるようになります。

死後事務委任契約の有効性

民法653条1号との関係

民法では、委任契約の委任者が死亡した場合、委任契約は終了するとされています(民法653条1号)。

もっとも、この規定は任意規定であり、委任者が受任者との間でした自己の死後の事務を含めた法律行為などの委任契約については、委任者が死亡しても終了しません(最高裁平成4年9月22日)。

<最高裁平成4年9月22日>

丙山良子は、…同人名義の預貯金通帳、印章及び右預貯金通帳から引き出した金員を上告人に交付して、丙山の入院中の諸費用の病院への支払、同人の死後の葬式を含む法要の施行とその費用の支払、同人が入院中に世話になった家政婦の丁野テル子及び友人の戊山ミカ子に対する応分の謝礼金の支払を依頼する旨の契約を締結した…。
自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が丙山と上告人との間に成立したとの原審の認定は、当然に、委任者丙山の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく、民法653条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。
しかるに、原判決が丙山の死後の事務処理の委任契約の成立を認定しながら、この契約が民法653条の規定により丙山の死亡と同時に当然に終了すべきものとしたのは、同条の解釈適用を誤り、ひいては理由そごの違法があるに帰し、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

民法651条1項との関係

民法では、委任契約は、各当事者がいつでも契約を解除できるとされています(民法651条1項)。

そして、委任者の死亡により、委任者の地位は相続人に承継されます(民法896条)。

そのため、相続人が死後事務委任契約を解除できるかが問題となります。

この点、委任者の死亡後における事務処理を依頼する旨の準委任契約は、委任者の死亡によっても当然に契約を終了させない旨の合意を包含し、委任者の遺言により祭祀の主宰者に指定された者は、その契約の内容に不明確性や実現困難性があり、履行負担が加重であるなど契約の履行が不合理と認められる特段の事情がない限り、同契約を解除して終了させることができないとした裁判例があります(東京高裁平成21年12月21日)。

なお、実務的には、相続人による死後事務委任契約の解除を制限する特約を定めるという対応も考えられます。

<東京高裁平成21年12月21日>

本来、委任契約は特段の合意がない限り、委任者の死亡により終了する(民法653条1号)のであるが、委任者が、受任者に対し、入院中の諸費用の病院への支払、自己の死後の葬式を含む法要の施行とその費用の支払、入院中に世話になった家政婦や友人に対する応分の謝礼金の支払を依頼するなど、委任者の死亡後における事務処理を依頼する旨の委任契約においては、委任者の死亡によっても当然に同契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨と解される(最高裁平成4年…9月22日…)。
さらに、委任者の死亡後における事務処理を依頼する旨の委任契約においては、委任者は、自己の死亡後に契約に従って事務が履行がされることを想定して契約を締結しているのであるから、その契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨と解することが相当である。
以上のような本件にあらわれた諸事情を総合すると、本件…準委任契約においては、委任者である花子が死亡し、祭祀承継者として控訴人が委任者の地位を承継することとなったとしても、控訴人に同契約を解除することを許さない合意を包含する趣旨と解するのが相当である。

死後事務委任契約の内容

死後事務委任契約において委任する事項としては、次のようなものが考えられます。

もっとも、相続人との関係や相手方の対応などによっては、受任者により実現することが困難なものもあり、委任する事項について慎重に検討することが必要です。

  • 親族や関係者に対する死亡の連絡
  • 死亡届の提出
  • 葬儀・火葬・納骨・埋葬・永代供養などに関する事務
  • 医療費・施設施設費などの精算に関する事務
  • 税金などの債務の支払い
  • 年金・健康保険などの届出
  • 電気・ガス・水道などの公共サービス、電話・インターネット接続サービスなどの解約
  • ホームページ・ブログ・SNSなどの解約・退会
  • パソコンなどに保存されているデータの消去
  • 家財道具・生活用品の処分
  • 遺品の整理
  • ペットの引取り
  • 不動産賃貸借契約の解約・住居の明渡