遺言の隠匿

遺言書の隠匿とは、遺言書をその発見を妨げるような状態におくことをいいます。

遺言を隠匿した相続人は、相続する権利がなくなります(相続欠格、民法891条5号)。

どのような場合に遺言を隠匿したといえるのかについて説明します。

なお、被相続人の子供が相続欠格によって相続する権利を失った場合、子供の子供(孫)が相続人となります(代襲相続、民法887条2項)。

遺言の隠匿の目的

相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄・隠匿した場合でも、相続人の行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者には当たりません(最高裁平成9年1月28日)。 

▶最高裁平成9年1月28日

相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当である。
けだし、同条5号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが…、遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課することは、同条5号の趣旨に沿わないからである。

したがって、遺言の内容が隠匿した相続人に有利なものだった場合、遺言書を隠匿する行為は、不当な利益を目的とするものではなく、相続する権利は失わないと考えられます。

この点、相続人が、被相続人から遺言書を受領して金庫内に保管し、被相続人の死後約10年を経過するまで検認の手続をしなかった場合でも、遺言書の記載内容が遺産の全てを相続人及びその妻に相続させるとするものであり、相続欠格者にあたらないとした裁判例があります(大阪高裁平成13年2月27日)。

もっとも、遺言者からその所有不動産全部の遺贈を受け、遺言者死亡当時当該遺言書を保管していた相続人が、遺留分減殺の請求を受けることをおそれて2年余にわたり他の共同相続人に対して遺言書の存在を秘匿する行為は、遺言書の隠匿に該当するとした裁判例もあります(東京高裁昭和45年3月17日)。

▶大阪高裁平成13年2月27日

被控訴人Bが本件遺言書を隠した行為があったにしても、本件遺言書の記載内容は…Aの遺産の全てを被控訴人B及び…[Bの妻]に相続させるとするもので、右行為はAの遺産にかかる最終的な処分意思を害したものとはいえないから、右行為が相続法上不当な利益を得る目的に出たものといえず、したがって民法891条5号にいう隠匿に該当するとはいえないことに帰する。
なお、控訴人は、被控訴人Bに本件遺言書の開披かあったから本件遺言書の存在を告げなかったことが不当な利益を得る目的に出たことが裏付けられる旨主張し、確かに、同被控訴人が最終的に本件遺言書の検認を求めたのは開披によりその内容を認識したからではないかとの疑いを否定することはできないが、これについても右の判断と同様に、結果として不当な利益を得る目的に出たものといえないことに帰するし、更に、仮に同被控訴人が検認前に開披したとしても、…同被控訴人は、Aの死後10年経過後も控訴人らに対し自己の要求する遺産分割協議書に署名押印を求めていたことに徴すれば、同被控訴人が控訴人の遺留分減殺請求権を消滅させる目的で本件遺言書の存在を告げなかったとは認め難いから、控訴人の右主張は採用できない。
以上から、被控訴人らが相続又は遺贈につき欠格者であるとは認められない。

▶東京高裁昭和45年3月17日

被控訴人は「遺言証」なる本件自筆遺言書の交付を受けていながら、被控訴人…の生前はもとよりその死亡後も他の相続人である控訴人等ことに…控訴人…から異議の出ることを恐れ、控訴人等に対しては右遺言書の存在を固く秘匿し、…[被相続人]の死亡後相続の承認又は放棄をなすべく3箇月の期間満了間際の…頃法律知識のある司法書士に本件遺書言のとおり…[被相続人]の遺産全部を自分独りで承継取得する方法について相談した結果、控訴人等を含む他の相続人全員に相続の放棄をさせるよりほかによい方法がないとの結論に達し、時あたかも右相続放棄の申述をなすべき3箇月の期間の満了間際であったので、同日取敢えず他の相続人の名義をも冒用して東京家庭裁判所に右期間伸長の請求をし、他の相続人全員に相続放棄をさせようとしたが、…が放棄を肯んじなかつたため右の方策は不成功に終り、そのまま…[被相続人]の遺産相続については何等の処置もなされずに打ち過ぎていたところ、…[被相続人]の死亡後2年余を経過した…頃相続税の納付の件で税務署に呼出されたことが契機となって…弁護士に相談し、…[被相続人]の遺言の内容の実現を図るため東京家庭裁判所に対し遺言執行者に同弁護士を選任すること及び本件遺言書の検認を請求し、ここにはじめて控訴人等を含む他の相続人に対しても本件遺言書の存在を公表するに至ったものであって、被控訴人は…[被相続人]の死亡後直ちに本件遺言書を公表するときは、控訴人等他の相続人から遺留分減殺請求権の行使を受け、本件遺言書のとおり…[被相続人]の遺産全部を自分独りで取得できなくなることを恐れ、…[被相続人]の遺産全部を何とか独りで承継しようとして…控訴人…等の遺産分割請求を却け、相続税納付の必要に迫まられて本件遺言書の検認請求をなすまでこれを公表せず、本件遺言書を隠匿していたものと判断するのが相当である。
そうすると、被控訴人は本件遺言書により…[被相続人]からその全遺産の遺贈を受けたが、相続に関する被相続人の遺言書を隠匿した者として、民法第891条第5号及び第965条の規定により、…[被相続人]の遺産について受遺者たるの資格のみならず相続人たるの資格をも失ったものといわざるを得ない。

公正証書遺言の隠匿

平成元年以降に作成された公正証書遺言は、遺言書検索システムを利用して、最寄りの公証役場から、どこの公証役場で作成されたものでも検索できます。

したがって、自筆証書遺言に比べ、公正証書遺言の場合は隠匿に該当しにくいと考えられます(大阪高裁昭和61年1月14日、東京高裁平成3年12月24日、最高裁平成6年12月16日参照)。

▶大阪高裁昭和61年1月14日

本件遺言書は公正証書遺言であって、その原本は公証人役場に保管され、遺言書作成に当たって証人として立ち会いその存在を知っている…弁護士が遺言執行者として指定されているのであるから、被控訴人において本件遺言書の存在を他の相続人に公表しないことをもって遺言書の発見を妨げるような状態においたとはいい難く、また、被控訴人は本件土地、建物を自己に遺贈するという太郎の最終意思を本件遺産分割協議を成立させることにより実現しようとするものにほかならないのであるから、被控訴人が右分割協議に当たり本件遺言書の存在を他の相続人に公表しなかったことにつき、相続法上有利となり又は不利になることを妨げる意思に出たものとも認め難い。
したがって、被控訴人の右行為は同条同号にいう相続欠格事由としての遺言書の隠匿には当たらないと解するのが相当である。

控訴人は、被控訴人が本件遺言書によらず協議分割の方法をとろうとしたのは、控訴人ら共同相続人から遺留分減殺請求権を行使されることをおそれ、これを封じ込めることを企図したものであるから遺言書の隠匿に当たると主張するが、協議分割によるときは被控訴人が単独で相続するとの協議が成立しない限り遺留分以上にそれぞれの法定相続分を主張されるおそれがあるのであるから、協議分割の方法をとることにより相続法上有利となり又は不利になることを妨げる意思に出たものといえないことは明らかである。

▶東京高裁平成3年12月24日

被控訴人は、…控訴人に対しては、本件遺言書の存在を告げなかったけれども、本件遺言書は、公正証書遺言によるものであって、その原本は公証人役場に保管されており、かつ、被控訴人以外の控訴人に身近な者の中にも、本件遺言書の存在及びその内容を知っている者が複数いたのであるから、被控訴人が控訴人に積極的に告知しない限り、本件遺言書の存在及び内容が明らかにならないような状況にはなかったこと及び被控訴人自身、相続人の一人…には、本件遺言書を示して、その存在及びその内容を知らせたことを考慮すると、被控訴人が、本件遺言書が存在することを相続人の一人である控訴人に告げなかったことなどの…経緯から民法891条5号所定の遺言書の隠匿に該当する事実があったものと認めることは困難である。

▶最高裁平成6年12月16日

被上告人は、父であるAから遺言公正証書の正本の保管を託され、Aの法定相続人(被上告人のほか、Aの妻B、子C、上告人、D)の間で遺産分割協議が成立するまで上告人に対して遺言書の存在と内容を告げなかったが、Bは事前に相談を受けてAか公正証書によって遺言したことを知っており、Bの実家の当主であるM及び…家の菩提寺の住職…は証人として遺言書の作成に立ち会った上、Mは遺言執行者の指定を受け、また、被上告人は、遺産分割協議の成立前にDに対し、右遺言公正証書の正本を示してその存在と内容を告げたというのである。右事実関係の下において、被上告人の行為は遺言書の発見を妨げるものということができず、民法891条5号の遺言書の隠匿に当たらない