配偶者が配偶者居住権を取得した場合、配偶者居住権の評価によって、その他の遺産をどのくらい取得できるかが変わってきます。
配偶者居住権の評価には、以下のような方法があります。
- 簡易な評価方法
- 相続税法における評価方法
- 日本不動産鑑定士協会連合会の研究報告における評価方法
それぞれの概要について説明します。
簡易な評価方法
相続人全員が同意する場合、簡易な評価方法を用いることが基本になると考えられます。
簡易な評価方法による配偶者居住権の評価の方法は以下のとおりです。
配偶者居住権の価額
=建物と敷地の価額-(配偶者居住権の負担が付いた建物の価額+配偶者居住権の負担が付いた敷地の価額)
以下、配偶者居住権の負担が付いた建物と敷地の価額の算定方法をそれぞれ説明します。
配偶者居住権の負担が付いた建物の価額
配偶者居住権の負担が付いた建物の価額は、配偶者居住権を設定した場合に建物所有者が得る利益の現在価値です。
配偶者居住権の負担が付いた建物の価額は、建物の法定耐用年数、経過年数、配偶者居住権の存続期間を考慮して、配偶者居住権の負担が消滅した時点の建物の価値を求め、これを法定利率(404条2項)で現在価値に引き直して算定します。
計算式は次のようになります。
配偶者居住権の負担が付いた建物の価額
=建物の固定資産税評価額×{[建物の法定耐用年数-(経過年数+残存年数)]÷(法定耐用年数-経過年数)}×ライプニッツ係数
- 計算結果がマイナスとなる場合には、0円とします。
- 法定耐用年数は減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)において構造・用途ごとに規定されており、木造の住宅用建物は22年、鉄筋コンクリート造の住宅用建物は47年と定められています。
- 配偶者居住権の存続期間が終身の場合、簡易生命表記載の平均余命(厚労省が作成・公表しています。)の値を使用します。
- ライプニッツ係数は以下のとおりです(小数第四位以下四捨五入)。改正後の民法(令和2年4月1日施行)によれば法定利率は3%です(404条2項、3年毎に見直される予定です。)。
5年…0.863
10年…0.744
15年…0.642
20年…0.554
25年…0.478
30年…0.412
配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額
配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額は、配偶者居住権を設定した場合に敷地所有者が得る利益の現在価値です。
配偶者居住権の負担が付いた敷地の価額は、建物と異なり経年劣化を考慮する必要がないことを考慮しつつ、配偶者居住権の存続中は敷地を自由に使用・収益できないことから、配偶者居住権が消滅した時点の敷地の価値を求め、これを法定利率(404条2項)で現在価値に引き直して算定します。
計算式は次のようになります。
配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額
=敷地の価額×ライプニッツ係数
建物の価額は固定資産税評価額を利用しますが、敷地の価額は固定資産税評価額のほか、時価など他の評価額を利用することも考えられます。
具体的な計算方法
具体例に基づき(法制審議会民法(相続)部会資料19-2参照)、計算方法を説明します。
いずれも、建物と敷地の評価額は固定資産税評価額に基づき算定していますが、上で説明したように、敷地については時価など他の評価額を利用することも考えられます。
木造一戸建て
一戸建ての建物(築20年、木造、固定資産税評価額500万円)を対象として存続期間10年の配偶者居住権を設定した場合(敷地の固定資産税評価額3000万円)
建物とその敷地の価額
=500万円+3000万円
=3500万円
配偶者居住権の負担の付いた建物の価額
=固定資産税評価額×{[建物の法定耐用年数-(経過年数+残存年数)]÷(法定耐用年数-経過年数)}×ライプニッツ係数
=500万円×{[22年-(20年+10年)]÷(22年-20年)}×0.744*
=0円(計算結果がマイナスとなるため)
*10年のライプニッツ係数は0.744となります。
配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額
=固定資産税評価額×ライプニッツ係数
=3000万円×0.744
≒2232万円
配偶者居住権の価額
=建物と敷地の現在価額-(配偶者居住権の負担の付いた建物の価額+配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額)
=3500万円-(0円+2232万円)
=1268万円
この場合、配偶者居住権の価額は、建物とその敷地の価格の約36%(1268÷3500)となります。
鉄筋コンクリート一戸建て
一戸建て乙(築15年、鉄筋コンクリート造、固定資産税評価額1400万円)を対象として終身期間の配偶者居住権を設定した場合(配偶者(女性)の年齢:60歳)
建物とその敷地の価額
=1400万円+6000万円
=7400万円
配偶者居住権の負担の付いた建物の価額
=1400万円×{47−(15+29*)}÷(47-15)×0.424*
≒1400万円×0.040
=56万円
*60歳女性の平均余命は29.04年≒29年(平成30年簡易生命表)、29年のライプニッツ係数は0.424となります。
配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額
=6000万円×0.424
≒2544万円
配偶者居住権の価額
=建物敷地の現在価額-(配偶者居住権の負担の付いた建物の価額+配偶者居住権の負担の付いた敷地の価額)
=7400万円-(56万円+2544万円)
=7400万円-2600万円
=4800万円
この場合、配偶者居住権の価額は、建物とその敷地の価額の約64%(4800÷7400)となります。
マンション
マンション(築20年、鉄筋コンクリート造、固定資産税評価額の一室を対象として終身期間の配偶者居住権を設定した場合(配偶者(女性)の年齢:70歳)
建物の価額
=1000万円
配偶者居住権の負担の付いた建物の価額
=固定資産税評価額×{[建物の法定耐用年数-(経過年数+残存年数)]÷(法定耐用年数-経過年数)}×ライプニッツ係数
=1000万×{47−(20+20*)}÷(47-20)×0.554*
≒1000万×0.144
=143万円
*70歳女性の平均余命は20.10年≒20年(平成30年簡易生命表)、20年のライプニッツ係数は0.554となります。
配偶者居住権の価額
=建物の価額-配偶者居住権の負担の付いた建物の価額
=1000万-143万
=857万円
この場合、配偶者居住権の価額は、建物の価額の約85%(857÷1000)となります。
建物がマンションの場合、配偶者居住権の負担の付いた建物の価額の計算結果がマイナスになるときは、配偶者居住権の価額が所有権の価額と等しくなるため、あえて配偶者居住権を設定する意味がないことになります。
相続税法による評価方法
相続税法による評価方法は、相続税申告の際に配偶者居住権の価額を算定する際に採用されるものです。
配偶者居住権の価額
配偶者居住権の価額は、以下のように算定します(相続税法23条の2第1項・第2項)。
- 配偶者居住権の存続期間満了時点の建物所有権の価額を算定する
- 1の価額を現在価値に割り戻すことにより、相続開始時点における配偶者居住権の負担がある建物の評価額を算定する
- 2の価額を相続開始時点の配偶者居住権の負担がない建物所有権の評価額から控除する
計算式は次のようになります。
配偶者居住権の価額
=建物の時価-{[建物の時価×(耐用年数-経過年数-存続年数)]÷耐用年数-経過年数}×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率
- 「建物の時価」は、配偶者居住権が設定されていない建物の時価です。
- 「耐用年数」は、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(耐用年数省令)の耐用年数に1.5を乗じて計算した年数です。
- 「経過年数」は、建物の新築時から配偶者居住権の設定時までの年数です。耐用年数よりも経過年数が大きければ、配偶者居住権の負担が0円となり、配偶者居住権の価額が建物の時価と一致します。
- 「存続年数」は、配偶者居住権が存続する年数です。次に掲げる場合の区分に応じそれぞれ次に定める年数をいいます。
配偶者居住権の存続期間が配偶者の終身の間である場合、配偶者の平均余命年数となり、それ以外の場合、遺産分割や遺言により定められた年数(配偶者の平均余命年数が上限)となります。
配偶者居住権に基づき建物の敷地を利用する権利の価額
配偶者居住権は、建物を使用・収益する権利ですが、建物の敷地についても負担が生じるため、配偶者居住権に基づき建物の土地を利用する権利についても評価する必要があります。
配偶者居住権に基づき建物の敷地を利用する権利の価額は、以下のように算定します(相続税法23条の2第3項・第4項)。
- 配偶者居住権の存続期間満了時点の土地所有権の価額を算定する(将来の土地の価格変動は考慮せず、相続開始時の価額と同じと仮定する)
- 1の価額を現在価値に割り戻すことにより、相続開始時点における配偶者居住権の負担がある土地の評価額を算定する
- 2の価額を相続開始時点の配偶者居住権の負担がない土地所有権の評価額から控除する
計算式は次のようになります。
配偶者居住権に基づき建物の敷地を利用する権利の価額
=土地の時価-土地の時価×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率
- 「土地の時価」は、配偶者居住権が設定されていない土地の時価です。
日本不動産鑑定士協会連合会の研究報告による評価方法
令和元年12月、日本不動産鑑定士協会連合会が「配偶者居住権等の鑑定評価に関する研究報告」を発表しました。
この研究報告は、不動産鑑定士が不動産鑑定評価業務を行うに際して参考になるものとされています。
遺産分割調停・審判において、配偶者居住権の評価額について相続人間で合意できない場合、不動産鑑定士による鑑定をすることとなり、鑑定の際には研究報告の評価方法が採用される可能性が高いと考えられます。
日本不動産鑑定士協会連合会の研究報告については、こちらのページに詳細が掲載されています(トップページから研究報告・研究論文等→研究報告→配偶者居住権等の鑑定評価に関する研究報告)。
配偶者居住権
配偶者居住権の経済価値は、配偶者居住権者が享受する経済的利益(配偶者居住権の存続期間中は建物に無償で継続して居住できること)を基礎として形成されます。
そして、配偶者居住権者が受する経済的利益は、対象建物を賃貸する場合に受け取ることができる賃料相当額に基づいて把握することが可能です。
他方、配偶者居住権者は修繕費や公租公課など建物に居住するために通常必要となる費用(必要費)を負担しなければなりません。
そのため、配偶者居住権者が受ける経済的利益は、賃料相当額から必要費を控除することによって求めるとされています。
そこで、配偶者居住権の経済価値は、その経済的利益の現在価値の総和として次の式のとおり求めることができるとされています(この手法は「経済的利益還元法」といわれています。)。
配偶者居住権の価格
=(建物の賃料相当額-必要費)×年金現価率
配偶者居住権が付着した建物とその敷地の経済価値
配偶者居住権が付着した建物とその敷地の所有者は、配偶者居住権が消滅するまでは建物とその敷地を使用収益することができません。
そこで、これらの経済価値は、配偶者居住権が消滅して対象建物とその敷地を使用収益することが可能な状態に復帰した時点の建物とその敷地の価格の現在価値として次の式のとおり求めることができるとされています(この方法は「権利消滅時現価法」といわれています。)。
配偶者居住権が付着した建物とその敷地の経済価値
=配偶者居住権消滅時の建物とその敷地の価格×複利現価率
内訳価格
①配偶者居住権、②配偶者居住権が付着した建物とその敷地の価格それぞれの経済価値の比率で配分した金額を、それぞれの権利の内訳価格として鑑定評価額に併記するとされています。