遺産分割前の預貯金の払戻し

被相続人が死亡したことを銀行に届け出ると、被相続人の口座からの出入金ができないように口座が凍結されてしまいます。

口座が凍結されると、遺産分割が終わるまでは、被相続人の預貯金を払い戻すことができず、被相続人の入院費用・葬儀費用・相続人の当面の生活費などの支払いにあてることができなくなってしまいます。

そこで、遺産分割前に、被相続人の預貯金を払い戻す制度について解説します。

遺産分割前における預貯金の払戻し制度

この制度は、令和元年7月1日から適用されますが、それより前に被相続人が死亡した相続にも適用されます(附則5条1項)。

払い戻せる金額

相続人は、遺産分割前でも、各銀行に、以下の金額の預貯金の払戻しを請求できます(民法909条の2前段)。

定期預金を払戻す場合、満期が到来している必要があります。

  • 預貯金ごとに相続開始の時の預貯金×1/3×法定相続分
  • 同じ銀行に対しては150万円まで

各銀行に対して払戻しを請求できるため、複数の銀行に口座がある場合、上限が増えることになります。

例えば、被相続人が、A銀行に900万円の普通預金と900万円の定期預金(A銀行の合計1800万円)を、B銀行に900万円の普通預金を持っていた場合、相続人が妻・長男・二男のときは、妻と長男・二男が払い戻しをできる金額は以下のようになります。

▶妻 

A銀行 普通 900万円×1/3×1/2=150万円

    定期 900万円×1/3×1/2=150万円

もっとも、同じ銀行に対しては上限が150万円ですから、通常は普通預金から払い戻すことになります。

B銀行 普通 900万円×1/3×1/2=150万円

▶長男・二男

A銀行 普通 900万円×1/3×1/2×1/2=75万円

    定期 900万円×1/3×1/2×1/2=75万円

B銀行 普通 900万円×1/3×1/2×1/2=75万円

払戻しをするために必要な資料

各銀行によって異なる場合がありますが、払戻しをするためには、以下の資料が必要になると考えられます。

  • 本人確認書類
  • 被相続人が生まれてから死亡するまでの除籍謄本・戸籍謄本か全部事項証明書
  • 相続人全員の戸籍謄本か全部事項証明書
  • 払戻しをする相続人の印鑑証明書

遺産分割への影響

遺産分割前における預貯金の払戻し制度を利用した場合、払戻しをした預貯金については、払戻しをした相続人が、遺産の一部の分割により取得したことになります(民法909条の2後段)。

したがって、払戻しをした預貯金は遺産分割の対象にはなりません。

もっとも、遺産分割前における預貯金の払戻し制度を利用した場合、みなし相続財産の算定にあたって払い戻された預貯金の額を加算し、払戻しをした相続人の具体的相続分の算定にあたって払い戻された預貯金の額を控除することになります。

また、仮に、遺産分割前の預貯金の払戻しの額が、払戻しをした相続人の具体的相続分を超えた場合、遺産分割をする際に、その超えた部分を清算することになります。

そこで、遺産分割の前に預貯金の払戻しをした場合、遺産分割の際に払戻しを考慮するため、以下の事項を明らかにする必要があります。

  • 払戻しをされた預貯金の情報(銀行名、支店名、預貯金の種類、口座番号など)
  • 払戻しをした者
  • 払戻しをした日
  • 払戻しをした金額

遺産分割の調停・審判の申立書には、遺産の分割前に払い戻しの有無や内容を記載することになっています(家事事件手続規則102条1項4号、127条)。

遺産分割前の預貯金の仮分割の仮処分制度

遺産分割前における預貯金の払戻し制度は、金額に上限があるため、比較的大口の資金が必要な場合には対応できないことがあります。

そこで、家庭裁判所に預貯金の払戻しを認めてもらう仮分割の仮処分という制度があります。

払戻しができる要件

家庭裁判所において、以下の要件をみたすと判断された場合、預貯金を払い戻すことができます(家事事件手続法200条3項)。

  • 遺産の分割の審判か調停の申立てをしていること
  • 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金を申立人又は相手方が行使する必要があると認められること
  • 他の共同相続人の利益を害しないこと

以下、個別に説明します。

遺産の分割の審判か調停の申立てをしていること

遺産分割の審判か調停の申し立てをすることが前提となります。

相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金を申立人又は相手方が行使する必要があると認められること

相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁が例示されていますが、これらの事情に限らず、家庭裁判所の裁量に委ねられます。

具体的には、以下のような事情が考えられます。

生活費や施設入所費などの支払い

被相続人と生計を同じくする未成熟子や独立した収入を持たない配偶者などが、被相続人に扶養されていた場合、生活費は被相続人の財産から支出されていたことから、預貯金の払い戻し制度の利用状況などを踏まえ、要件をみたしやすいと考えられます。

被相続人に扶養されていた相続人の介護施設入所費用などを支払う必要がある場合も、生活費と同様に、要件をみたしやすいと考えられます。

被相続人と独立して生計を営んでいた相続人が、生活費にあてる必要がある場合、被相続人の財産から支出されていないことから、相続人の資産・収入、預貯金の払戻し制度の利用状況などによっては、要件をみたすこともあると考えられます。

被相続人の債務の支払い

相続人が、自分の承継した債務だけを支払うことを希望する場合、相続人が自らの生活費等に使用する場合と同様に考え、相続人の資産・収入、債務の額、預貯金の払戻し制度の利用状況などによっては、要件をみたすこともあると考えられます。

これに対し、相続人が、自分の承継した債務だけでなく他の相続人が承継した債務についても支払うことを希望する場合、要件をみたしにくいと考えられます。

相続に伴う費用の支払い

相続税の支払いなど相続に伴う費用の支払いは、被相続人の遺産から支払うべきものではなく、要件をみたしにくいと考えられます。

他の共同相続人の利益を害しないこと

一般的に預貯金の取得を希望する相続人が多いことから、他の共同相続人の利益を考慮すると、預貯金の額に法定相続分を乗じた額の範囲内に限定されると考えられます。

払戻しを希望する相続人に多額の特別受益がある場合、他の相続人の具体的相続分を侵害しないように、預貯金の額に法定相続分を乗じた額からさらに限定されると考えられます。

払戻しをするために必要な資料

各銀行によって異なる場合がありますが、払戻しをするためには、以下の資料が必要になると考えられます。

  • 家庭裁判所の審判書謄本・審判確定証明書
  • 払戻しをする相続人の印鑑証明書

遺産分割への影響

遺産分割前の預貯金の仮分割により、預貯金を相続人が仮に取得した場合でも、原則として遺産分割ではそれを考慮すべきではなく、改めて仮分割された預貯金を含めて遺産分割をすると考えられます。