遺産分割の取消・解除

遺産分割協議が成立した後であっても、遺産分割協議を取消したり解除することにより、遺産分割協議をやり直すこともできます。

遺産分割の取消・解除が問題となった裁判例を紹介します。

遺産分割協議の取消

遺産分割協議における相続人の意思表示が、錯誤(民法95条)や詐欺・強迫(民法96条)などによりされた場合、遺産分割協議を取り消すことができます。

なお、令和2年4月1日に施行された民法において錯誤に関する規定(民法95条)が改正され、錯誤の要件が整理さるとともに、錯誤の効果も「無効」から「取消」に変更されました。

遺言があるのを知らなかった場合

特定の土地につきおおよその面積と位置を示して分割した上でそれぞれを相続人C・D・Eに相続させる趣旨の分割方法を定めたAの遺言が存在したのに、相続人Bが土地全部を相続する遺産分割協議がされた場合において、相続人の全員が遺言の存在を知らなかったときは、遺産分割協議の意思表示に要素の錯誤がないとはいえないとして、原判決を破棄して原審に差し戻した裁判例があります(最高裁平成5年12月16日)。

なお、「要素の錯誤」とは、錯誤がなければそのような意思表示をしなかった程度に重要な事項に関する錯誤をいい、令和2年4月1日に施行される前の民法に規定されていましたが、改正後の民法では「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」と規定されています。

<最高裁平成5年12月16日>

相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において、遺言で分割の方法が定められているときは、その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊重されるべきものであり、相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから、相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きいということができる。
ところで、A遺言は、本件土地につきおおよその面積と位置を示して3分割した上、それぞれを被上告人C、上告人D及び同Eの3名に相続させる趣旨のものであり、本件土地についての分割の方法をかなり明瞭に定めているということができるから、上告人D及び同Eは、A遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、本件土地をBが単独で相続する旨の本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである。
右上告人らは、それぞれ法定の相続分を有することを知りながら、Aから生前本件土地をもらったと信じ込んでいるBの意思を尊重しようとしたこと、Bの単独所有にしても近い将来自分たちが相続することになるとの見通しを持っていたという事情があったとしても、遺言で定められた分割の方法が相続人の意思決定に与える影響力の大きさなどを考慮すると、これをもって右特段の事情があるということはできない。
これと異なる見解に立って、右上告人らがA遺言の存在を知っていたとしても、本件遺産分割協議の結果には影響を与えなかったと判断した原判決には、民法95条の解釈適用を誤った違法があり、ひいては審理不尽の違法があって、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである…。

前提となる法律関係に誤解があった場合

  • 被相続人の生前に、被相続人、被相続人の妻である原告及び被相続人の前妻との間の子である被告との間で、被相続人死亡後は原告に対し毎月一定額を給付する代わりに、原告は被相続人の相続を放棄するとの覚書を交わした場合、当該給付がなされないと原告がわかっていれば、遺産分割協議を締結しなかったといえ、遺産分割協議は錯誤により無効であるとした裁判例(東京地裁平成21年2月12日)
  • 共同相続人である原告らと被告らとの間で、原告らは、Aの遺産分割協議の際、それに先立ってなされたBの遺産分割に関する遺産分割協議書の内容に相続人全員が同意し、後日Bの遺産分割協議が成立すると信じていたためにAの遺産分割協議を成立させた場合、Aの遺産分割協議が錯誤により無効であるとした裁判例(東京地裁平成22年12月8日)

遺産についての十分な情報がなかった場合

  • 相手方の虚偽の説明により被相続人の遺産である預金の額を誤信し、これを前提に一定額の金員を取得してその余の請求はしないとした抗告人らの意思表示は、要素の錯誤があり無効であるとして、これを有効として遺産を分割した原審判を取り消し、差し戻した裁判例(広島高裁松江支部平成2年9月25日)
  • 被告が相続分に従った遺産分割を希望すれば遺産分割協議の内容(被告の取得額は約4200万円)よりもはるかに多くの遺産(相続債務及び相続税を控除しても少なくとも約2億6000万円)を取得できる可能性があることを知っていた場合には、通常人であれば遺産分割協議に応じることはないと解されるから、被告の錯誤は遺産分割協議成立に向けた意思表示の要素の錯誤というべきであり、被告の錯誤によって成立した遺産分割協議は無効であるとした裁判例(東京地裁平成11年1月22日)
  • 一部の相続人が、遺産分割協議の重要な要素である遺産の総額について、十分な情報を与えられないまま過小に評価するという錯誤に陥っており、遺産分割協議は全体として無効となるとした裁判例(東京地裁平成22年9月14日)

<広島高裁松江支部平成2年9月25日>

抗告人らは、被相続人の遺産である預金の額が真実は約2434万円(元利合計)であるにもかかわらず、相手方Aの虚偽の説明によって約1900万円であると誤信したうえ、本件相続権の行使につき、抗告人Bは550万円、同Cは300万円を各取得し、その余の請求はしない旨の各意思表示に及んだことが明らかである。
遺産分割においては、その分割の対象となる遺産の範囲が重要な意義をもつことに鑑みれば、相続権の行使における意思表示においても、その前提となる遺産の範囲が重要な意義をもち、この点に関する錯誤は、特段の事情がない限り、要素の錯誤にあたるものというべきである。
これを本件についてみるに、もともと抗告人らの取得金額の決定が一定の合理的な算定基準によるものではなかったこと、抗告人らにおいて、他の相続人らの取得額に関心をもったと窺える形跡がみられないこと、また、抗告人らは、相手方Aに被相続人の祭祀の世話を委ねるため、法定相続分の全額までを要求する意思ではなかったことが認められるけれども、一方において、抗告人らが、遺産である預金の総額を全く度外視して各自の取得金額を決定したといい切るだけの特段の事情は認められず、真実の預金額と抗告人らの誤信した預金額との差額も約534万円と大きいこと、抗告人らはいずれも各4分の1ずつのいわば大口の法定相続分を有する相続人であること等の諸点に照らせば、抗告人らの右各錯誤は要素の錯誤にあたり、抗告人らの右各意思表示は無効と解すべきである。
…そうすると、抗告人らの右各意思表示が有効であるとしたうえ、これに依拠してなした原審判は、不当であり、取消を免れない。そして、本件においては、あらためて各相続人の正しい具体的相続分に沿う妥当な遺産分割の方法を判断するため、更に審理を尽くさせる必要があるので、原審に差し戻すのが相当である。

遺産分割協議の解除

解除には、①当事者間の合意に基づく合意解除と②当事者が債務を履行しないことに基づく債務不履行による解除(民法541条)があります。

合意解除

共同相続人は、既に成立している遺産分割協議につき、その全部又は一部を全員の合意により解除し、改めて分割協議を成立させることができます(最高裁平成2年9月27日)。

債務不履行による解除

共同相続人において遺産分割協議が成立した場合、相続人の一人が協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人は、民法541条によって協議を解除することはできません(最高裁平成元年2月9日)。

<最高裁平成元年2月9日>

共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。
けだし、遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになるからである。


なお、相続人のひとりが他の相続人の老後の世話を期待されているなど相続人間の情誼関係が破綻したことを遺産分割協議の解除条件とすることもできないとした裁判例があります(東京地裁昭和59年3月1日)。

<東京地裁昭和59年3月1日>

当事者間の情誼関係が法律関係に反映するものとし、情誼関係の破綻をもって遺産分割の解除条件とする如きは、相続に法律関係を徒らに不安定、不明確ならしめるものであって、本件においてそのような合意がなされたと認めることは相当でなく、また仮にその合意があったとしても、条件部分の合意は無効というべきである。