遺言と異なる遺産分割

遺言がある場合、遺言の内容に従って遺産の帰属が決まるため、原則として遺産分割は必要なくなります。

もっとも、遺言の内容と異なる遺産分割をすることもできます。

遺言執行者がいない場合

遺言で遺言執行者の指定がなく、選任もされていない場合、相続人・受遺者全員の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割をすることもできます(さいたま地裁平成14年2月7日)。

<さいたま地裁平成14年2月7日>

特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言がなされた場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該不動産は当該相続人に相続により承継される。
そのような遺言がなされた場合の遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても、当該遺産については、上記の協議又は審判を経る余地はない。
以上が判例の趣旨である(最判平成3年4月19日…参照)。

しかしながら、このような遺言をする被相続人(遺言者)の通常の意思は、相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから、これと異なる内容の遺産分割が全相続人によって協議されたとしても、直ちに被相続人の意思に反するとはいえない
被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別、そうでなければ、被相続人による拘束を全相続人にまで及ぼす必要はなく、むしろ全相続人の意思が一致するなら、遺産を承継する当事者たる相続人間の意思を尊重することが妥当である。
法的には、一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが、このような遺産分割は、相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし、その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。
また従前から遺言があっても、全相続人によってこれと異なる遺産分割協議は実際に多く行われていたのであり、ただ事案によって遺産分割協議が難航している実状もあることから、前記判例は、その迅速で妥当な紛争解決を図るという趣旨から、これを不要としたのであって、相続人間において、遺言と異なる遺産分割をすることが一切できず、その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することはできないというべきである。

遺言執行者がいる場合

遺言執行者には、遺言の内容を実現するため、遺言の執行に必要な行為をする権利・義務があります(民法1012条1項)。

また、遺言執行者がいる場合、相続人は、相続財産の処分など遺言の執行を妨げる行為ができません(民法1013条1項)。

そして、相続人が遺言の執行を妨げる行為をした場合、原則として無効となります(民法1013条2項本文)。

そこで、遺言執行者がいる場合、遺言の内容と異なる遺産分割をできないのではないかが問題となります。

遺言執行者は遺言と異なる遺産分割の同意ができるか

遺言執行者は遺言の内容を実現しなければならない以上、遺言執行者が遺言と異なる遺産分割の同意をすることは原則としてできないと考えられます。

もっとも、遺言の趣旨を基本的に没却しない場合、遺言執行者が遺言と異なる遺産分割の同意をすることもできると考えられます(東京地裁昭和63年5月31日)。

ただ、遺言の趣旨を基本的に没却しないかどうかは必ずしも明確でないため、遺言執行者が同意できるかどうかの判断は困難なものにならざるを得ません。

<東京地裁昭和63年5月31日>

本件合意は、…本件遺言の解釈及び執行上の問題点を調整、解決するため、遺言執行者が働きかけてなされたものであるが、本件合意によって原告らが相続財産から取得する合計金1600万円及び原告らの相続税課税額の合計額が、本件遺言で原告らに遺贈された現金、預金から諸費用を差し引いた残額を越えるとすれば、本件遺言によって訴外…に遺贈された動産その他の財産が減少する結果となるから、本件合意及びこれに基づく右金員の支払は、民法1013条に規定する相続人による相続財産の処分行為に該当すると解する余地がある。
しかしながら、右民法の規定は、遺言者の意思を尊重すべきものとし、相続人の処分行為による相続財産の減少を防止して、遺言施行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであるから、右規定にいう相続人の処分行為に該当するかのごとく解せられる場合であっても、本件のように、相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、かつ、遺言執行者が予めこれに同思したうえ、相続人の処分行為に利害関係を有する相続財産の受遺者との間で合意し、右合意に基づく履行として、相続人の処分行為がなされた場合には、もはや右規定の目的に反するものとはいえず、その効力を否定する必要はないと解せられるのであって、結局、本件合意は無効ということはできない。

遺言執行者の同意なく行った遺言と異なる遺産分割は無効か

遺言執行者の同意なく、相続人が遺言と異なる遺産分割を行った場合、無効になると考えられます(大阪地裁平成6年11月7日)。

もっとも、遺言と異なる遺産分割を無効としながら、遺産分割について、相続人間で贈与・交換的に譲渡する合意をしたと解釈して有効として、現在の権利関係に合致する登記の抹消を認めなかった裁判例もあります(東京地裁平成13年6月28日)。

<大阪地裁平成6年11月7日>

本件遺言は、…の死亡により直ちにその効力を生じて、本件土地は…に帰属すべき部分が定められているところであり、相続人間の遺産分割協議を要する部分を残していないところ、遺言執行者としては、被相続人の意思にしたがって右権利関係の実現に努めるべきところであり、相続人間において、これに反する合意をなして、遺言内容の実現を妨げるときは、これを排除するのが任務でもある。
したがって、相続人間における遺産分割が、贈与契約ないしは交換契約等として、遺言内容の事後的な変更処分の意味でその効力を保持すべき場合が存するとしても、その合意の存在をもって、遺言執行者の責務を免除する性質及び効力を有するものと解することはできない。

<東京地裁平成13年6月28日>

本件遺言は、…遺産分割方法の指定と解されるが、このように被相続人が、遺言により特定の財産をあげて共同相続人間の遺産の分配を具体的に指示するという方法でもって相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定をし、あわせて原告を遺言執行者に指定した場合には、遺言者は、共同相続人間において遺言者が定めた遺産分割の方法に反する遺産分割協議をすることを許さず、遺言執行者に遺言者が指定した遺産分割の方法に従った遺産分割の実行を委ねたものと解するのが相当である。
そして、民法1013条によれば、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることが出来ず、これに違反するような遺産分割行為は無効と解すべきである。
もっとも、本件遺産分割協議は、分割方法の指定のない財産についての遺産分割の協議と共に、本件土地持分については、Nが本件遺言によって取得した取得分を相続人間で贈与ないし交換的に譲渡する旨の合意をしたものと解するのが相当であり、その合意は、遺言執行者の権利義務を定め、相続人による遺言執行を妨げる行為を禁じた民法の規定に何ら抵触するものではなく、私的自治の原則に照らして有効な合意と認めることができる。

…本件土地持分に関する相続人らによる合意が有効であるとすると、少なくとも現状の登記は現在の実体的権利関係に合致していることになる。
そして、本件の場合、いったんNが取得した持分を自己の意思で処分すること自体は、Nによる本件土地持分の取得を強く希望する旨の遺言を残した遺言者としても容認せざるを得ないところ、遺言書に現れた遺言者の意思として、そのような実体関係のみならず、対抗要件面においても正確な権利移転の経過を登記簿に反映することを厳格に希望していたとまでは認めがたい。
また、原告自身も、本件において抹消登記請求ではなく真正な登記名義の回復を原因とするNへの直接の移転登記請求を求めているように必ずしも過去の権利移転の経過を正確に反映することを求めていない。
そうすると、遺言者の意思を受けた遺言執行者にとって、現状の権利関係に合致する現在の登記の抹消を求める法律上の利益があるとは言い難い。
したがって、原告の登記請求は認められない。

相続税・贈与税

特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書がある場合に、相続人全員で遺言書の内容と異なった遺産分割をしたときには、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて、相続税・贈与税は以下のようになります(国税庁タックスアンサーNo.4176)。

  • 各相続人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容による
  • 受遺者である相続人から他の相続人に対して贈与があったものとして贈与税は課されることにはならない