祭祀承継者を決める方法

祭祀財産とは、系譜(家系図)、祭具(位牌・仏壇)、墳墓(墓石・墓碑)をいいます(897条)。

以下、祭祀承継者を定める方法や基準などについて説明します。

条文の番号は、特に断りのない限り民法のものです。

被相続人による指定

被相続人が祭祀を主宰すべき者を指定すれば、指定された者が祭祀承継者となります(897条1項但書)。

被相続人による指定の方法については制限はなく、書面でも口頭でも構いません。

また、 黙示の指定でも、指定の意思が外部から推認されるものであれば構いません。

もっとも、後日の争いを予防するためには、遺言などの書面によって明示の指定をしておくことが望ましいです。

この点、被相続人の指定があるかどうかが問題となった裁判例として次のようなものがあります。

  • 被相続人が後妻の長女に大学進学を諦めさせてまで家業を継がせ、唯一の資産である土地・建物を贈与した場合に、長女を祭祀承継者に指定した裁判例(名古屋高裁昭和59年4月19日)
  • 被相続人が墓碑に建立者として建立費用を負担していない次女の氏名を刻印した場合に、次女を祭祀承継者に指定した裁判例(長崎家裁諫早出張所昭和62年8月31日)
  • 被相続人及びその亡夫が、亡夫が創業した会社の経営の任に当たる息子に墓地が継承されることを望んでいたと推認されるとして、その会社の経営に当たっている被相続人の三男を祭祀承継者に指定した裁判例 (東京家裁平成12年1月24日)。

慣習による指定

被相続人が指定をしない場合、慣習に従って祭祀を主宰すべき者が祭祀承継者となります(897条1項本文)。

慣習とは、被相続人の住所地の慣習のことですが、出身地や職業に特有の慣習があれば、それによるべき場合もあります。

また、慣習は、封建的な家族制度を廃止し個人の尊厳自由などを基礎として制定された戦後の新民法の施行後に新たに育成された慣習を指すと考えられます(大阪高裁昭和24年10月29日)。

なお、実際には慣習により祭祀承継者が決定されることはほとんどないと考えられます。

家庭裁判所による指定

被相続人の指定がなく、慣習も明らかでない場合、家庭裁判所が祭祀承継者を定めます(897条2項)。

祭祀承継者指定の審判の際、 家庭裁判所は、当事者に対して系譜・祭具・墳墓の引渡しを命じることもできます (家事事件手続法190条2項)。

祭祀承継者を決めるにあたっては、祖先の祭祀は義務としてではなく、死者に対する愛情などによって行われるものであることから、被相続人と密接な生活関係があり、被相続人に対して愛情などの心情を持っているかどうかを重視すべきと考えられます。

家庭裁判所が祭祀主宰者を決定する際の基準に関しては、以下のような裁判例があります。

▶大阪高裁昭和59年10月15日

祭祀財産の承継者を指定するにあたっては、承継者と被相続人との身分関係のほか、過去の生活関係及び生活感情の緊密度、承継者の祭祀主宰の意思や能力、利害関係人の意見等諸般の事情を総合して判断するのが相当であると解されるところ、既に認定したとおり、抗告人洋は、被相続人夫婦と長らく同居してこれを扶け、嘱望されて家業も継ぎ、被相続人の葬儀及びその後の法事も事実上主宰してきたほか、相手方を除く兄弟姉妹からも望まれているというのであるから、被相続人九萬里が有した…各祭祀財産の権利は、抗告人洋が承継すると定めるのが相当である。

▶東京高裁平成18年4月19日

被相続人所有の祭祀財産のうち、その余の財産である本件1及び2の財産については、抗告人らの求めるところにより抗告人一枝と定めるべきか、それとも、相手方一郎の求めるところにより同相手方と定めるべきかについて更に検討する。
この点については、承継候補者と被相続人との間の身分関係や事実上の生活関係、承継候補者と祭具等との間の場所的関係、祭具等の取得の目的や管理等の経緯、承継候補者の祭祀主宰の意思や能力、その他一切の事情(例えば利害関係人全員の生活状況及び意見等)を総合して判断すべきであるが、祖先の祭祀は今日もはや義務ではなく、死者に対する慕情、愛情、感謝の気持ちといった心情により行われるものであるから、被相続人と緊密な生活関係・親和関係にあって、被相続人に対し上記のような心情を最も強く持ち、他方、被相続人からみれば、同人が生存していたのであれば、おそらく指定したであろう者をその承継者と定めるのが相当である。

…この観点に立って本件について検討すれば、相手方一郎は被相続人の唯一の男子であって、丙川姓を名乗っているのに対し、抗告人一枝は他家に嫁ぎ、他家の姓を名乗っているという違いはあるものの、被相続人だけでなく、その夫であり、抗告人一枝や相手方一郎の父である太郎と同人らが死亡するまで同居を続ける等緊密な生活関係・親和関係にあったものであり、被相続人及び太郎が同抗告人を信頼し、同抗告人も被相続人らに対し深い愛情を抱いていたことも明らかである。
これに対し、相手方一郎は、昭和45年ころから平成6年ころまでの間、抗告人らとは長期音信不通の状態にあり、父である太郎の葬儀にすら出席せず、抗告人一枝とは異なり、被相続人や太郎の世話をしたり、生活の少なくとも一部を同じくする等のことが一切なかったばかりでなく、かえって同人らに対し多大な迷惑をかけ、一時自己の姓を変える事態にまで至っていたのである。
これに加えて、被相続人死亡後の本件祭祀の意思についてみると、抗告人一枝は、被相続人の遺言等に顕れた意思(太郎の意思も同様であることが窺われる、)を尊重して、本件墓地にある丙川家と甲野・乙山両家の墓を維持していく意思を表明しているのに対し、相手方一郎は、抗告人らに対し、本件墓地から甲野・乙山両家の墓石を撤去させることのみならず、昭和57年に建立した丙川家の墓石等を損壊して平成4年に現在の丙川家及び甲野・乙山両家の墓石を新たに建立したことを非難し、その損害賠償を請求しているのであって、このような行為が被相続人や太郎の意思に反するものであることは明らかである。
これらの事情を総合すれば、本件1及び2の財産の承継者は、抗告人一枝に指定するのが相当である。

関係者の協議による指定

相続人やその他の関係者の協議 (合意) によって祭祀承継者を定めることができるとする民法の規定はありません。

この点、被相続人が相続人らの協議によって祭祀承継者を定めると指定しない限り、 相続人らが協議して定めた者を祭祀承継者と認めることはできないとの裁判例もあります (広島高判平成12年8月25日)。

他方、民法は関係者の合意によって承継者を定めることを排除した趣旨とは解されないとしてこれを認める裁判例もあります(東京地判昭和62年4月22日)。

実際には、相続人の協議により祭祀承継者を定めることがほとんどであり、関係者の協議による祭祀承継者の指定もできると考えられます。